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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)173号 判決

一 請求の原因一ないし三の事実及び本願発明の要旨が審決認定のとおりであること、引用例に審決認定の記載があることは、当事者間に争いがない。

そして、前記本願発明の要旨と引用例の記載及び請求の原因四の1において原告の自認するところによれば、本願発明と引用発明の一致点及び相違点が審決認定のとおりであることが認められる。

そこで進んで原告主張の審決取消事由について順次判断する。

二 取消事由(1)について

引用例には、前示のとおり、右(イ)の化合物がブドウ栽培における菌病の予防又は治療処理に使用することに特に適していること、右化合物の活性範囲を完全にするために、又はその持続性を増大させるために(ロ)の化合物を混合して使用すると有効であることについて開示されているのであるから、特段の事情のない限り、当業者が、右(イ)の化合物と(ロ)の化合物とを混合し、両者を含有する組成物をブドウ保護用に適用して、その殺菌効果を実験的に確認し、又その許容ないし最適混合割合を設定することは技術的に容易になし得ることである。

原告は、本願発明は選択発明として特許されるべきであると主張し、その理由として、本願発明における式Ⅰの化合物は、シーズン全体にわたつて良好な抗ベトカビ効果が得られるばかりでなく、(ロ)の化合物の使用量を顕著に削減し得る効果を有する化合物として特定的に選択されたものであつて、引用例には、かかる選択の指針が全く開示されていない旨述べるが、前示の引用例開示の効果をみれば、引用例に原告主張の選択の指針が全く開示されていないとはいえない。

また、成立に争いのない甲第九号証の一、二、第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告主張のとおり、引用例には式Ⅱの化合物がほぼ七〇〇京種含まれているのに対し、本願発明の式Ⅰの化合物は九一種であることが認められる。しかしながら、成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例には式Ⅱの化合物の具体例として、ナトリウムO―エチルフオスフオネート、マグネシウムO―エチルフオスフオネート、アルミニウムO―エチルフオスフオネート等別表記載の二六種の化合物が記載されていることが認められ(三頁右上欄六行、左下欄四~八行、四頁下欄の表等)るのであつて、これらはいずれも本願発明の式Ⅰの化合物の九一種の一部にあたるものである。

しかも、前示のとおり、式Ⅰの化合物も式Ⅱの化合物も共にブドウ保護用殺菌剤組成物であつて、成立に争いのない甲第二号証の一によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明の目的は、活性物質として亜燐酸モノエステルを含有する、ブドウ保護、特にベトカビに対してブドウを保護するための殺菌剤組成物である。」(三頁右上欄八~一一行)、「特別なアルキルホスフアイトとある種の公知の接触抗ベトカビ剤との混合物を用いてブドウを処理するとシーズン全体に亘つて良好な抗ベトカビ効化を得るという驚異的な知見を得た。」(同一~四行)と記載されていることが認められ、かかる目的、効果の記載と、前示の引用例に開示された(イ)の化合物のブドウ保護用殺菌効果及び(イ)(ロ)の化合物の併用効果とを対比してみると、本願発明の式Ⅰの化合物が引用例から予測することができない新たな用途を開拓したものとはいえない。また、引用発明においても原告主張の(ロ)の化合物の使用量削減の効果が生ずることは、前示引用例に開示された諸効果から明らかである。従つて、本願発明は技術思想として引用発明と別個のものということはとうていできない。

そうすると、他に前記特段の事由の主張、立証はないから、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。

三 取消事由(2)について

前掲甲第三号証によれば、引用例には被告が取消事由(2)に対する反論において主張する記載があることが認められ(引用例に、公知の殺菌剤、例えば銅の塩基性塩又は水酸化物等とを混合して使用すると有効であるとの記載があることは当事者間に争いがない。)、右記載から、式Ⅱの化合物と銅の塩基性塩又は水酸化物(オキシクロリド、オキシサルフエート)とを併用してその効果を確認することは、当業者であれば、必要に応じ随時なし得ることといつてよく、その間に格別の技術的創意を要したものとは認めがたい。引用例に、併用についての実施例の記載がなく、現実にいかなる併用がいかなる効果を奏したかについて開示がないことは原告主張のとおりであるが、前記引用例の記載中特に「本発明の化合物の活性範囲を完全にするために」との記載は、併用によるいわゆる相乗効果の存在を示唆するものと解されるから、当業者においてその併用効果を確認することは容易になしうるものというべきである。審決が前記の化合物の併用につき引用例に開示されているとした点に誤りはなく、原告の取消事由(2)の主張は採用できない。

四 取消事由(3)について

本願発明が引用発明から予測できない新たな用途を開拓したものとはいえず、技術思想において引用例発明とは別個のものとはいえないことは二に判断したとおりである。

原告は、審決は本願発明が(ロ)の化合物の使用量を単独使用時より顕著に削減し得る新規な効果を奏する点において用途発明に該当するか否かにつき判断をしていない旨主張する。しかし、原告主張の右効果は(イ)の化合物と(ロ)の化合物をそれぞれ単独で使用する場合に比し両者を併用する場合の方が殺菌効果の点で優れていることから当然に生ずる効果であるところ、前示のとおり、審決は、「引用例により、(イ)の化合物に(ロ)の化合物等の公知の殺菌剤を併用するとその活性が向上することが知られている以上、このような二種の化合物の併用の効果は予期し得ることであり、格別のものとすることができない」と判断しているのであるから、審決は原告主張の効果についても審理をした上で用途発明を認めなかつたことは明らかである。

従つて、原告の取消事由(3)の主張は採用できない。

五 取消事由(4)について

本願発明にかかる殺菌剤組成物をブドウに対してどのような形態で施用するのかに関して、本願の特許請求の範囲には何も規定されていない。前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明の組成物は、水和剤、溶性粉末、溶液、濃縮乳剤、乳濁液、濃縮懸濁液、懸濁液の形状に調製され得る。」(甲第二号証の一第七頁右下欄九~一一行)と記載されていることが認められるところ、このような製剤形態がその施用形態と必ずしも対応しないことは原告の自認するところであるから、本願発明の組成物は種々の形態で施用されるものと解する外はない。原告は本願発明の組成物につき農薬取締法二条の登録を、使用方法を水溶液による動力噴霧に限定して申請する準備中である旨主張するが、仮に右の趣旨の登録がなされたとしても、本願発明の進歩性の有無を判断するに当り、その組成物の施用形態が水溶液に限られると解すべき理由はない。従つて、本願発明の組成物が水溶液の形態で施用される場合の活性物質の作用効果のみを前提とする原告の主張は、当を得ない。

しかも、原告は、本願発明の組成物を水溶液として施用する場合の作用効果を強調するが、前掲甲第三号証によれば、引用例の明細書の発明の詳細な説明の項には「本発明の組成物は湿潤性粉末、可溶性粉末、塵状粉末、粒子、溶液、乳化性凝縮物、エマルジヨン懸濁凝縮物、エアロゾールの形状に製造され得る。」(一七頁右下欄一一~一四行)と記載されていることが認められるから、引用例の組成物も水溶液として施用され得ることは明らかである。そうだとすると、引用例の場合も本願発明の組成物と同様二種の化合物を水溶液の形態で施用するに際しては、本願発明の組成物を水溶液として施用する場合と同じ作用効果を奏するはずである。従つて、本願発明の組成物を水溶液として施用する場合、仮に原告が主張するようにイオン交換反応により別の化合物が生じ、これが菌類病害に対する保護作用をするものであつたとしても、これを本願発明特有のものであるということはできない。

結局、原告の取消事由(4)の主張は採用できない。

六 取消事由(5)について

前掲甲第二号証の一によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例の説明として、「これらの結果から、混合物により得られる保護表面Smと、アルキルホスフアイトと接触殺菌剤とを個々に用いて得られる保護表面SpとScとの和との比較によつて相乗効果を測定する。もし表面Smが表面Sp+Scより大であるならば、混合物の作用効果は、推論的期待値より大である。従つて、混合物の効果は、単なる付加的効果でなく、相乗効果である。」との記載があり、四頁右下欄の実施例1の結果を記載した表に、接触殺菌剤としてオキシ塩化銅を使用した場合のSm/(Sp+Sc)値が原告主張のとおりに記載されているところ、同明細書には、実施例6について、接触殺菌剤としてオキシ塩化銅(二例)、金属銅二〇%のボルドー液、酸化銅をそれぞれ使用した場合のSm/(Sp+Sc)値が、順次(79/55)、(87/77)、(93/55)、(87/55)と記載されている(六頁左下欄の表)ことが認められ、右の比率を計算すると順次約一・四、約一・一、約一・七、約一・六となる。

これに対し、右甲号証によれば、同明細書には、引用例において銅の化合物以外の他の公知の殺菌剤を併用する場合に該当するところの実施例1のホルペル(四頁右下欄の表)、実施例2のカプタホル、ホルペル(五頁左上欄の表)、実施例3のカプタホル、ホルペル(同左下欄の表)、実施例4のホルペル(同右下欄の表)、実施例5のマンネブ、カプタホル、ホルペル(六頁左上欄の表)を併用する場合のSm/(Sp+Sc)値は、順次(58/29)、(50/35)、(56/30)、(60/34)、(50/29)、(54/29)、(54/38)、(50/34)、(50/29)と記載されていることが認められ、右の比率を計算すると、順次二・〇、約一・四、約一・九、約一・八、約一・七、約一・九、約一・四、約一・五、約一・七となる。

そうすると、殺菌剤として銅の化合物を用いる実施例6の場合のSm/(Sp+Sc)値を引用例において銅の化合物以外の公知の殺菌剤を併用する場合に該当する前記各実施例のそれと対比すると、前者が後者と同等又はそれ以下となることが明らかである。してみると、本願発明が、そのすべてについて引用例において銅の化合物以外の公知の殺菌剤を使用する場合に比し特に優れた効果を奏するものということはできない。

以上のほかに、本願発明の効果が引用発明のそれに比し特に顕著であることを認めるに足りる証拠はないから、原告の取消事由(5)の主張は採用できない。

七 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも失当であり、審決にはこれを取消すべき違法な点はないから、原告の本訴請求を棄却する。

〔編註その一〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。

活性物質として、

<省略>

〔式中、Rは炭素原子二~四のアルキル基、Meはアルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子又はアルミニウム原子、nはMeの原子価に等しい〕

で示される亜燐酸モノエステル一重量部と、銅をベースとする化合物から成る接触殺菌剤〇・〇五~八重量部とを含有するブドウ保護用殺菌剤組成物

〔編註その二〕 本件における審決の理由の要点は左のとおりである。

1 本願発明の要旨は、前項に記載されたとおりである。

2 原査定の拒絶理由に引用された本願優先権主張日前に頒布された刊行物の特開昭五〇―九四一三七号公報(以下「引用例」といい、これに記載された発明を「引用発明」という。)には、活性物質として、

一般式

<省略>

〔Rは炭化水素部分に一~八個、好ましくは一~五個の炭素原子を有する四種の基、即ち任意にハロゲン化又はニトロ化され、直鎖状又は分岐状でかつ一~一八個、好ましくは一~八個の炭素原子を有するアルキル基と、任意にハロゲン化されたアルケニル又はアルキニル基と、アルコキシアルキル基と、アルケノキシアルキル基、又はシクロヘキシル基、任意に置換されたアリール基好ましくはフエニル基、又はアリールアルキル基(好ましくはフエニルアルキル基)又は脂肪族鎖によつて酸素に任意に結合された複素環式基(好ましくはテトラヒドロフルフリル)でもよく、Mは水素原子、アンモニウムカチオン、一~五個の炭素原子を有する一~四個のアルキル又はヒドロキシルアルキル基によつて、又は一~二個のシクロヘキシル基又はフエニル基によつて置換されたアンモニウム、又はナトリウムとカリウムとが好ましいアルカリ金属と、マグネシウム、バリウム、カルシウムとが好ましいアルカリ土類金属と、亜鉛、マンガン、銅(Ⅱ)と(Ⅲ)、鉄、ニツケル、アルミニウムのような多価金属とから成る群中の金属カチオンを示し、<省略>はMの原子価と等しい整数を示す〕

の化合物を少なくとも一種有効量で含有することを特徴とする、植物中の菌病抑制用殺菌性組成物について記載され、上記の化合物はぶどう栽培における菌病の予防又は治療処理に使用することに特に適していること、また、上記の化合物の活性範囲を完全にするために、又はその持続性を増大させるために、該化合物を相互にあるいは他の公知の殺菌剤、例えば銅の塩基性塩又は水酸化物(オキシクロリド、オキシサルフエート)等とを混合して使用すると有効であることについて記載されている。

3 本願発明と引用例に記載されたものとを対比すると、両者は、活性物質として、(イ)一般式

<省略>

〔式中、Rは炭素原子二~四のアルキル基、Meはアルカリ金属原子、アルカリ土類金属又はアルミニウム原子、nはMeの原子価に等しい〕

で示される亜燐酸モノエステル(以下「(イ)の化合物」という。)と(ロ)銅をベースとする化合物から成る殺菌剤(以下「(ロ)の化合物」という。)とを含有するブドウ保護用殺菌剤組成物である点において一致し、本願発明は上記の(イ)の化合物と(ロ)の化合物とを特定の割合で使用するのに対し、引用例には該両化合物をどの程度使用して、どの程度の殺菌効果があつたのかが具体的に記載されていない点において、両者は相違する。

4 以下、右の相違点について検討する。

(一) 引用例の記載が公知であれば、前記の(イ)の化合物と(ロ)の化合物とを含有する殺菌剤を実際にブドウ保護用に適用し、その殺菌効果を確認することは容易になし得ることであり、その場合に、両化合物の最適な使用割合を規定することは実験的に容易に規定し得ることであり、その間に格別の技術的困難性があつたとすることができない。

(二) そして、本願明細書の記載をみるに、上記の(イ)の化合物と(ロ)の化合物をそれぞれ単独に使用する場合に比し本願発明のように両者を併用する場合の方が殺菌効果の点で好結果を得ているが、前述したように引用例により、(イ)の化合物に(ロ)の化合物等の公知の殺菌剤を併用するとその活性が向上することが知られている以上、このような二種の化合物の併用の効果は予期し得ることであり、格別のものとすることができないし、また、(ロ)の化合物を併用する場合とこれ以外の引用例に記載されている公知の殺菌剤(ホルペル等)を併用する場合との殺菌効果を対比するに、前者が後者と同程度又はそれ以下の場合があり、前者の全てが後者より優れているとすることができないことからみても、本願発明は特段の効果を奏し得ているとすることができない。

5 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例の記載から当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法二九条二項の規定に該当し、特許を受けることができない。

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